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一瞬にして辺りが暗くなる。
違う、俺の頭上に影が落ちたんだ。俺の周りだけ暗くなった。
ティリエは我に返ったように、急に俺のもとに走ってきた。俺が振り返ったのとティリエが俺を押し倒したのはほとんど同時だ。
顔のすぐ側で、風を切る音を聞いた。
俺は受け身も取れずに仰向けに倒れる。腰の痛みを気にしている暇はなかった。月光に光る目、牙、爪。ロードの二倍ぐらいありそうな化け物が、足元に転がる俺達を見下ろしていた。ティリエは起き上がり様にそいつの眉間にテシンを撃ち込んだ。
唸り声をあげて巨体が傾く。
「どうしてラエブがこんな所に…!」
隙を見て距離をとったティリエが漏らす。
クルーガを片付けたロードも走ってきた。正確には、クルーガ達はラエブの出現で散り散りになって逃げて行ったんだ。
「どうするティリエ?逃げるか」
「…倒すわ。放っておけば、きっとすぐ村にやってくる」
テシンを構えたティリエに続き、ロードも剣を握り直す。眩んだ目が回復してきたらしく、ラエブは物凄い形相でこっちを睨んだ。化け物の表情なんてわからないが、人間なら宿敵を睨む顔付きだ。
冷静に見ると、熊の化け物だ。頭から背にかけては尖った毛がびっしり生えて、爪や牙は人の頭ぐらいある。
放たれたテシンを避け、ラエブは真っ直ぐティリエに向かって行く。振り降ろされる爪を軽やかに跳んでかわすと、ティリエは空中で二投目を構える。ロードは回り込んでラエブの背を切り付けた。が、硬い毛皮がそれを跳ね返す。
「ラエブの背は鉄壁でしょ!」
「わかってる!ど忘れだよど忘れ!」
ロードは舌打ちして反対側に回り込む。今度は牙がロードを狙った。阻止すべく、ティリエがテシンを撃ち込む。やった、目に直撃したと思った。
一瞬出来た隙に、長い尾が鞭のようにティリエに襲い掛かった。テシンでガードしたようだが、軽い身体は宙を舞った。駆け寄ろうとしたロードの行く手を巨体が塞ぐ。切ってみろ、とでも言うように背を向けて。
倒れたティリエを見下ろし、ラエブが手を振り上げる。
おい、俺!今しかないだろ!行くしかないだろ!!
無理矢理自分を奮い立たせ、俺は地面を蹴って走りだした。うわ、もう戻れないぞ!俺はティリエを背に、振り下ろされる爪を剣の腹で受け止めた。失敗だったか!?物凄い衝撃が全身を突き抜ける。腕が折れるかと思った。
突如、ラエブが悲鳴をあげた。ロードに切り落とされた尾が遠くに吹っ飛ぶのが見えた。動きが止まった隙に、俺は身体を捻り、ラエブの腹部に剣を突き刺した。身体を起こしたティリエが、留めのテシンを心臓に撃ち込む。耳障りな断末魔、仕留めた感触。真っ赤な鮮血が顔に散った。
巨体は仰向けに、伸びた草花を押し潰して倒れた。
「…死んだ、な」
勝利を告げるロードの言葉に、俺は体中の力が抜けるのがわかった。と同時に、左腕に鈍い痛みを感じた。巻かれた包帯が赤く染まっている。受け止めた衝撃で、思い切り傷が開いたみたいだ。
ラエブの多量の血の匂いにでもやられたのかな。
理由はわからないが、そこで俺の意識は途切れてしまった。
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